お侍様 小劇場

   “無くてはならぬ隠し味vv” (お侍 番外編 51)
 


自分にはさして関係なかったGWが、
ぼちぼちとのいよいよ、
この週末、今日の日曜で幕を引く。

 “JRが空いていたのは助かったのだがな。”

GWのみならず、
今日という日曜までも、出社していたお忙しい身。
海外へもその名を馳せてる一流商社の、
幹部格役員づき秘書らを統括する室長さん。
表立った交渉やら取引やらには関わらない、
言わば“縁の下の力持ち”でありながら、
外商幹部役員たちを掌握している、いわば管制塔。
彼こそがいないと始まらぬ事業の何と多いことかとまで言われるような、
名実ともに辣腕の、エリートの中のエリートだというにも関わらず。

 ……なんで毎朝ラッシュ時のJRで通ってるんだろう、このお人。
(う〜ん)

くせのある深色の髪を、
その頼もしいほど広い背中の半ばまで覆わんというほど伸ばしている、
個性豊かな風貌といい。
そんなつもりはなかろうに、だのに 精悍知的なフェロモンを醸しまくりの、
まったくもって罪な存在でおいでだろう佇まいといい。
さぞかし浮きまくりの名物おじさまになっているんでしょうにね。
(苦笑)
そんな御仁が、そりゃあ律儀にも真っ直ぐ帰る先。
どんなに遅くとも玄関の明かりを灯している居心地のいい自宅と、
それからそれから、

 「お帰りなさいませ。」

温かな笑顔で出迎えてくれる、
愛しい恋女房の存在に他ならず。
遅いご帰宅のときは、
お風呂へ行かれるにしても一息つかれるにしても…と、
気を利かせてのこと、着替えも出してあるリビングで。
初夏を通り越しての真夏日近い暑さをくぐって来たスーツを、
洗いたてのシャツやラフなパンツへと、
すっきり着替えた御主を前に、

 「お食事はいかがします? 何か軽く召し上がりますか?」

飲み屋へ寄り道する人じゃない。
今の勤めが かりそめのそれだからというのじゃあなく、
どんなに帰りが遅くなろうと、
こうして眠らずに待っている七郎次だと知っていて、
そんなこの家へと帰ること、一番に優先したがる優しい御主だから。
ただ、こうまで遅くなった晩、
しかも、作業を手伝った部下がいたならば、
彼らのためにと何かしら夜食を取り寄せて、
間に合わせに食べて来るよなお人なので。
脂の乗ったアジやカマスの一夜干しを炙ったのや、
浅漬けに明太子に炊き立てご飯だの。
それらを軽くお茶漬けにしてでも食べられるようにという用意をしつつ、
だが、だからと押しつけはしない呼吸も絶妙であり。
「そうさな。」
ただ。今宵は少々様子が違うような。
何だろうか、持ち出したい話でもあるかのような、
そんな気配が察せられ。
明かりを柔らかな黄昏色に落としたリビングの、
日頃の定位置であるソファーへと腰掛けながら、

 「何か用意があるようだが。」

水を向けると、返って来たのは くすくすという楽しそうな笑み。

 「あのですね、勘兵衛様。」

夜中だからというだけではなさそうな、
掠れる手前ほどの、ひそめた声になりながら。
それは嬉しいという頬笑みと共に、内緒話を持ちかける青年で。

  ―― 久蔵殿が、ゴロさんに教わって作ってくれたのですよ

そうと言って、ローテーブルの上に置かれてあった、
真白い化粧箱の蓋を取り去ると。
中から現れたのは、そりゃあ見事なケーキが1ホール。

 「これを、久蔵が?」

さすがにこれは勘兵衛にも意外であったが、
そういえば…と気づいたのが、

 「そうか“母の日”か。」

言葉にした途端、ソファーではなくの床へと膝つき、
テーブルの傍らへ座った仕草の途中だった七郎次が、
その白い頬へ含羞みの笑みを滲ませる。
それは見事な金の髪に、今時の空を思わす青い瞳が良く良く映える、
玲瓏端麗な風貌をしてこそいる彼ではあれど。
男だのに“母”もなかろうと、
そんな羞恥も多少はあるのだろう。
とはいえ、
勘兵衛としては、そんな揶揄のつもりなぞ毛頭ない。
そちらはもう自室で休んでいるのだろう、
当家で預かる遠縁の高校生。
口数少ない かの青年にしてみれば、この彼は母親も同然の存在。
世話を焼いてくれる、気にかけてくれるから…というだけじゃあなくて。
寡黙で無口で、自分の思うところを表すのが苦手で不得手な久蔵が、
彼の側からも“判ってほしい”という想いを引っ張り出せる、
今のところは唯一の存在でもあり。
そりゃあそりゃあ懐ろ深い優しさで接してくれるが、
闇雲に護ってくれるばかりじゃあなく、
叱ることも恐れぬ毅然とした顔も持っており。

 “しかも、ちゃんと判ってほしい方向で 判ってくれるのだからな。”

例えば…見事に優勝し関東大会の代表にも選ばれた、
先だっての剣道大会でも、

 『凄かったですね、あの最後の一合。』

リーチに ああまで差があったのに、あれを釣り込んでしまうとは。
打ち込ませて掻い潜るか、力を受け流すという方向しかなかろうと、
だったら どの間合いで踏み出すか、ハラハラしておりましたのに…と。
単に凄いの偉いのと勝った結果だけ褒めちぎるのじゃあない、
久蔵にとっての本道を、自身も鍛練積んだ身だからこそ、
武道を嗜んでいればこそという理解を寄せてくれる人でもあることが。
今時の世にありえないほど不器用な若き剣豪殿を、
どれほどのこと安んじさせていることか。

  だからこそ

径が30センチはあろうという立派なケーキ、
慣れないことだっただろうに、
喜んで欲しい一心から
頑張って焼くことだって出来たのだろうと偲ばれもして。

 「大したものだの。」

そういえば、いつぞやもホワイトデーにと、
やはり隣人の助けを借りて、
ケーキだかクッキーだか焼いた彼じゃあなかったか。
だがそれは、マドレーヌのような小さなものだったような。
今回のは随分と立派なホールケーキで、

 「土台になってるシフォンケーキも、
  生クリームでのデコレーションの方も、久蔵殿が手掛けたんですよ?」

意外と器用な隣人の五郎兵衛殿は、
だが、今回はただ指導をしただけなのだとか。
シフォンケーキというものは、
卵白で作るメレンゲを、
絶妙な堅さに泡立てねばふかふかにはならぬそうで。
しかも、装飾の生クリームのほうも、
漆喰の壁のような表情をつけた塗り方でのコーティングをした上へ、
斜め上の隅へとほどこされたデコレーション。
淡いピンクのクリームを、
細く細く絞り出すパイピングにて、格子状にデザインしている飾りようが、

 「これは…さぞかし根気がいるのだろうな。」
 「らしいですよ?」

しかもしかも、
小さいながらも飴細工のリボンまで乗っている行き届きよう。
後で聞いた話では、
根を詰めるのみならず、息をも詰めての作業だったせいで、
きっちり飾り終えたと同時、酸欠で倒れかかった久蔵だったそうで。
そこまで頑張った作品を、だのに

 「…どうして手をつけておらぬのだ?」

勘兵衛の休日出勤のみならず、このように帰りが遅くなること、
久蔵もまた知っていただろに。
物は食べ物なのだから、
上手に出来ましたねという評価には、味だって含まれる筈で。
自信の出来栄え、目の前で味わってほしかったのでは?と、
なのに、まるで手つかずなのを不審に思っていると、

 「…これを。」

そんな勘兵衛の前へ、差し出されたものがある。
名刺サイズほどのミニ封筒で、
自然な応対で受け取った勘兵衛へ、
そのまま、慣れた手際でお茶を淹れつつ、

 「久蔵殿が言うには、勘兵衛様と食べなさいと。」

言葉少ななのは、七郎次が相手であれ変わらぬ次男坊。
ちゃんと理解するとばかりとは限らなくって、
だが、小首を傾げたおっ母様へ、彼の側はたいそう満足げだったらしく。
それと、

 「その封筒はヘイさんからだそうですよ?」
 「平八が…儂にか?」

中身は七郎次も知らないらしく、
用心深いことにはしっかり封がされてもいる。
テーブル下の棚に常備のペーパーナイフを掴み出し、
さくりと封を開いてみれば、中には一枚のカードのみ。
そしてそこには、

 「……………。」
 「どしました?」

何が書いてあるのです?と、だが、強引に覗き込むまではしない七郎次へ。
ゆるく握った拳を口許、いやさ、顎髭へと添え、
少々考え込むよな素振りを見せた勘兵衛だったものの、
「…成程。」
クッと微笑うとそれを恋女房へも見せてやる。
受け取った小さなカードには、メッセージがほんの1行だけ。
読むというほどでもない代物へ、

 「え………? ……………あ。////////」

一瞬の間を置いての、それから。
意味が判ってだろう赤くなった七郎次なのが、勘兵衛にとっても眼福で。

 “これでは誰への贈り物だか判らぬな。”

いえいえ、これは“母の日“だからという贈り物。
問題のカードに綴られていた一言も、
あくまでも、七郎次さんへの愛情込めたい完遂へ向けてのものであり。



 いわく、

 『このケーキの一番重要な隠し味は、勘兵衛殿というオプションです





  〜どさくさ・どっとはらい〜 09.05.09.


  *仕上げの企みは、言わずもがな、
   ヘイさんの頭から出たものに違いなく。
   翌朝、久蔵殿を“これでもか〜っ///////”と、
   その懐ろでハグするシチさんなのは 言うまでもありませんvv
   母の日ネタが も一つなくもないので、
   間に合えば もう片やの島田さんチのお話も書くかも?

めるふぉvv シフォンケーキvv

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